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■マツヤ印判(京都市中京区)

山川太嗣・彫刻中

私をこの道に引きずり込んだ、
もとい、私が真人間に戻るラストチャンスを
結果的に与えてくださることになった先輩をご紹介。

生まれも育ちも洛内という生粋の京都っ子である山川太嗣(ふとし)氏は、
京都の大学を卒業後、ある業界人の紹介で、
当時名店の名を欲しいままにしていた、
東京・虎ノ門「長澤印店」へ修業のため就職しました。

初出勤の朝、地下鉄虎ノ門駅出口の階段を駆け上がると、
ちょうどそこには、店の前を掃き掃除していた長澤頼宏社長が。

急いで店に入ろうと「おはようございます」と軽く会釈して
通り過ぎようとすると、その背後から

「ちょっと待て!」と鋭い声が突き刺さりました。(怖)

恐る恐る振り返ると、口を真一文字に結んだ厳しい表情の社長。

社長「なんだ今のあいさつは!」

山川「・・・申しわけございません」

社長「正しいあいさつというのはだな、まずちゃんと相手の目を見て
    あいさつの言葉を述べて、それから上半身を…(後略)」

長澤印店は虎ノ門交差点のすぐ近く(新橋寄り)にあります。
交差点を渡った先にある霞ヶ関の官庁街へ出勤する多くの人たちが
「この人朝から何を怒られているのだろう?」と横目でチラリと見ては、
足早に通りすぎて行きます。

こうして初出勤の、しかも店に入る前から厳しい洗礼を浴びた山川氏、
挙句の果てに社長から
「わかったか! わかったら、下の改札を出たところからやり直し!」と言われ、
再度階段を上がって掃除中の社長に「おはようございます」と最敬礼。

すると今度は「上半身の角度が浅い、やり直し!」

次は「お辞儀の静止時間が短い、もう1回!」

結局社長から「それでいいだろう」のお言葉を頂戴したのは、
山川氏が虎ノ門駅の出口階段を5回目に上ったときでした。

この間時間にして約10分くらいでしたが
「1時間にも2時間にも感じられるほど長かった。
あの朝の出来事でそれまでの学生気分が完全に吹き飛んだ」と、
後に山川氏は述懐しています。

しかし、礼儀作法や行儀には口やかましい長澤社長でしたが、
その実とても温かみのある、包容力溢れる懐の深い方で、

「どうせ朝飯なんか食ってこなかったんだろう、ここへ来て座れ」と
店の2回の自宅居間に通されて、社長得意のフレンチトースト(!)を
緊張しながらごちそうになったことも何度かありました。

ところがそれから3ヶ月後、
山川氏が長澤印店のしきたりにようやく慣れてきたころ、
長澤頼宏社長は急病により、あっけなくこの世を去ります。

山川氏が受けた衝撃はこれまでにないほど大きく、
「お亡くなりになった以上、社長から学ぶこともできない。
たった3ヶ月の修業だったけれど、京都に帰るしかないか」と
思ったりもしましたが、事はそう簡単には行きません。

なにしろ絶対的な存在であったワンマン社長の急逝で店の中は大パニック。
社長の忠実な家臣だった古参従業員たちは、ただもう右往左往するだけ。
…これ以上詳しくは書けませんが、外部からの介入もあったりでもう大変。
その後およそ2年間の混乱期間を経て、なんとか店も再度軌道に乗り、
気がつくと山川氏は古参社員からすっかり頼られる存在になっていました。

店の混乱を収束せしめるのに尽力する一方で、
山川氏は、当時既に伝説の名印鑑職人だった山本石洲翁に師事すると同時に
東印技術講習会にも熱心に通い、印鑑彫刻技術を着実に身につけていきます。

しかし仕事のプレッシャーと寸暇を惜しんでの彫刻技術習得による疲労が重なり、
修業満了を目前に控えたある日、とうとう山川氏は急性肝炎に倒れます。
以前から「しんどい」と口癖のように話していた彼ですが、
自分に代わる者がいない現状では休むこともままならず、
ギリギリまで我慢に我慢を重ねてしまいます。

もうだめだと這うように通院した病院で、いきなり医師に
「目に黄疸が出てるぞ、なぜこんな状態になるまで放っておいたんだ」と怒られ、
即刻ドクターストップ、その日のうちに新幹線で京都へ帰って直行で入院。

…しかしこれで困ったのは長澤印店でした。
いまや大黒柱となっていた大きな戦力を失い、古参従業員たちは困ります。
そこで、折りしもその時ほとんどプータロー状態で遊び呆けていた、
ある下請け彫刻職人のバカ息子に白羽の矢が立ったのでした、チャンチャン。

まあそんなバカ息子のことは放っといて、話を山川氏のその後に戻しましょう。
半年に及ぶほとんど面会謝絶状態の入院生活で幸いにも病気が完治すると、
彼は義理堅くも上京して長澤印店に復帰、残り3ヶ月の修業期間を満了させます。

その上で山川氏は再度京都に戻って実家のマツヤ印判に入ります。
たった3ヶ月でしたが、亡き社長から学んだ「印章道」と、
山本石洲翁の元で身につけた「印鑑彫刻技術」と、
何よりも、混乱を乗り越えて長澤印店を切り盛りしてきたという「自信」で、
その後長きに渡ってご尊父と二人三脚、
マツヤ印判を京都屈指の名店に育てていきます。

スポーツ好きだった亡き父・山川宏造氏の影響で
スキー、テニスとスポーツ万能で行動的な山川氏は
今日も昼間はバイクで京都市内一円の顧客網をくまなく回り、
夜は己の彫刻技術に更なる磨きをかけています。

山川太嗣・接客中

京都市中京区の印鑑・はんこ屋【マツヤ印判】Webサイトはコチラ

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プロフィール

ガンコならぬハンコ親父

Author:ガンコならぬハンコ親父
印鑑はできれば当店でご注文いただきたいところですが(笑)、
全国には素晴らしい印鑑屋さんが数多くあります。
それらのお店を厳選して勝手にお薦めするこのブログ、
印鑑屋選びにお悩み方のお役に立てれば、これ幸いに存じます。
店名は敬称略で失礼しますよん。

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